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2006-10-20

コミュニケーションを教える

私たちが子ども達に教えていることの1つに、コミュニケーションがあります
(あえて1つと書いているのは、コミュニケーションを教えるだけで全てのことが解決すると考えて頂きたくないからです)。

私たちのもとへいらっしゃる親御さんの悩みには、「しゃべらない」「何言っているかわからない」「質問に答えられない」「私の言っていることが通じない」・・・こういったコミュニケーションに関する相談がとても多いです。

さてさて、皆さんに共通する悩みはなんなのか?

それは、「コミュニケーションが成立しない」、なのです。
決して間違えてはいけないのは、「言葉(音声の言葉)をしゃべれない(発声・発音・発語)しない」、ではないのです。
少しわかりにくいかもしれないのですが、コミュニケーションができないことと言葉(音声言語)がしゃべれないことは別のことなのです。

大事なのはコミュニケーションができているか、つまり、何か決まったルールのある道具(=言葉)を使って意思伝達が成立しているかどうかなのです。
言葉はコミュニケーションを行うための道具であり、その1つに音声言語があり、サイン(手話)があり、写真・絵カード(PECS)があり、文字があります。
この中のどの道具を使うかが大事なのではなく、いかにコミュニケーションができているか、ここが大事なのです。
そのための道具選びなのですが、私が思う基準は、
① 他者に迷惑がかからない
② 使う本人が使いこなせる
です。
この2点が当てはまっている道具が数種類あるならば、その中から一番多くの人が使っている道具、多くの場合は音声言語を選ぶことになります。
また、場面によって使い分けることもできます。
例えば、私たちは、普段は音声言語で話すことが多いのですが、静かにしないといけない映画館や授業中、また、周りが騒がしいお祭りの最中なんかはサインや文字のほうが使い勝手が良かったりもします。

ところで、言葉という道具を学んでいない発達障害がある子ども達は、コミュニケーションをとっていないのでしょうか?
いえいえ、そんなことはありません。
彼らなりの道具でコミュニケーションをとっています。
彼らなりというか、彼らが教えられてこられた道具でコミュニケーションをとっています。
泣く・叩く・物を投げる・噛む・暴れる等々。
不適切な行動・問題行動・行動問題と呼ばれている行動です。
これらの行動のいくつかは、彼らなりのコミュニケーションです。
だからって、私はこれらの道具をコミュニケーションとして認めることはいたしません。
なぜならば、他者に迷惑がかかるからです。
どんな理由があるにせよ、他者に迷惑をかけて自分のやりたいことをやっていいという話はないと思うのです。
そして、そんなことさせなくていいように学ぶ機会を作ってあげることが、私たち周りの大人の責任ではないでしょうか。

でも、これって、どうやって学んだんでしょう。

泣けば着替えをしなくていい。
叩けばアイスが食べられる。

この道具、お子さんが生まれた時から知っていたのでしょうか。
発達障害があるから持っている行動なのでしょうか。
いえいえ、そんなことはない。

ある日、大人に「着替えなさい」と言われたけどビデオを見るのを止めたくない。でも、「イヤ」って言えないから、できる行動=泣くをやってみた。そしたら着替えなくてすんで、ビデオを見ることができた!やった~!今度から、「イヤ」って思った時は泣いてみよっと。

ある日、アイス食べたいと思ったときに、「アイス」って言えないから近くにある冷蔵庫を叩いてみた。そしたらアイスが出てきた!やった~!そうか、アイスが欲しいときには、冷蔵庫をたたけばいいんだ!

世の中の多くの人が使うコミュニケーションのやり方を知らない子ども達、でも自分たちの意思はある。
だから、自分らなりにできるやり方で伝えてみたら・・・伝わった。
だから、次からもこの方法をやってみよう。
子ども達は、教わってしまったのです。

ということで、不適切な行動・問題行動・行動問題と呼ばれている行動の殆どは、その子どもの周囲の大人から教えられた行動です。
そして、その多くはコミュニケーションの1つの手段です。
なので、コミュニケーションを教えるということは、不適切な行動・問題行動・行動問題を適切な行動に変えることでもあります。

原理がわかれば教えなおすことなんて簡単です。
アイスが欲しいときには冷蔵庫を叩くのではなく、「アイス」ということを教えてあげればいいのです。
やって欲しくない行動には対応せずに、その代わりやってほしい行動を教える。
このときに言葉で説明はしないでください。だって、皆さんのお子さんはその言葉がわからないんですから、説明されてもわかりません。

想像してみてください。
自分が知らない言葉の国へ行きました。
買い物に行ったら欲しいみかんが手の届かない棚の上に置いてあった。
その物を指差ししてみたら(さすがに叩かないと思いますので)取ってもらえた。
そしたら、次からも指差しで済ましますよね。だって通じるから。
(今回は話しの説明上、指差しはコミュニケーションとしてまずいような表現になっていますが、本来は立派なコミュニケーションの道具の1つです)。
こうなると、その異国の言葉は学びません。
どうしたらいいか?
ある時、指差ししても通じなかった。
これが大事。通じない。そうすると、どうしようか考えます。
すると、隣のおばさんが「*%?#&」と言ったら、店屋のおじさんがみかんを手渡した。
なるほど、「*%?#&」と言えばみかんが手に入るんだ~。
そこで、同じように「*%?#&」と言うと、店屋のおじさんがみかんを渡してくれた。
こうやって、人は言葉を覚えていきます。

大事なのは、
① コミュニケーションを取らないと要求が通らない環境を作る(みかんは棚の上)
② マズイコミュニケーションでは通じないようにする(指差しではみかんを渡さない)
③ 教えたいコミュニケーションの方法をその場でモデルしてみせる(その場で「*%?#&」というモデルを見せる)
④ 言った言葉通りの対応をする(「*%?#&」と言うと、店屋のおじさんがみかんを渡してくれた)。

コメント ( 6 )件 | この記事のリンク

  • 名前:スカンジナビア花子   投稿日時 : 2006.10.22 【URL】
  • お久しぶりです。

    いくつかうちのお嬢にあてはまりました。
    その問題行動といわれるお嬢の行動をかえてみようと思いました。ありがとうございます。したらこまる&危ないからと環境整備というかできないようにしてますがいつかそれをお嬢が克服してしまう日が来るまでになんとかしたいです。

    余談ですが私がまだピチピチだったころとある国にのレストランで煙草を吸ってると後ろの席のおっちゃんが見ててお互いニッコリしてました。それでもみてるので私のが欲しいのかと差し出すと首をふり「オレはこれを吸ってるから」みたいに自分のを見せてくれてまたニッコリ。そのあとも火を着けてくれたりとなんか通じあって楽しいランチになりました。店をでるときにその国の言葉でさようならといってわかれましたが話した言葉はお互いそれだけでした。なんか通じようとお互い思うとできるもんだなあと思ったのをおもいだします。お嬢ともそうなりたいもんです。

    外国にいったらなるべくそこの言葉で話そうと思って詰め込んで行きますがマイナーな言葉だと相手がよろこんですっごくしゃべりだし全くわからんことになってしまうこともあったし指差ししても商品がわかってもらえなくて1メートルもある物差しをわたされたこともございます。とほほ。
  • 名前:KYOママ   投稿日時 : 2006.10.22 【URL】
  • このブログを読んで、わが子の数年前を思い出しました。しゃちょーのいうとおり発達障害の子の問題行動は勝手に出てきたものでなく、たまたました行動が大人に強化され定着していったものなんですよね。その期間が長いとその行動をかえることが非常にむずかしくなる。世の中の発達障害の親御さんがこのことに早く気がついて問題行動のかわりの適切な行動を早期に教えることができたら、どんなに子どもも親も楽になることでしょう。以前障害児の介助者が言った言葉、「この行動をとめたらこの子は手がつけられなくなる。だからとめられない」。これは子どものせいにしているずるい大人だと思います。本当は「かわりの行動を教えられない、教えるスキルを大人がもってない」ということでしょう。
    でもまだ小学生低学年だったら、これはその子にとってずっと不幸なことだと思いました。それゆえわが子をこの学校にまかせきりにもできないと思ったものです。わが子は幸いにもよい療育者に恵まれましたが、同じ境遇の親御さんがキッズパワーのHPをみられることを切に願うばかりです。
  • 名前:eguchi   投稿日時 : 2006.10.23 【URL】
  • スカンジナビアさん

    ほんとにお久しぶりで。

    環境整備や大人の物理的な力でどうにかなっていることは、
    いつか必ずどうにかならなくなります。
    なぜならば、こちらは衰えていく一方で、
    子ども達は、どんどん大きくなっていくからです。
    まだ、なんとかなっている今のうちに、可能な限り、
    子ども自身の力で、自分をコントロールする力を身につけてあげたいですね。

    ピチピチであった頃の経験、そういことがとても大事だと思います。
    私が子ども達に教えていくこと、多くが普通の生活の経験から考え出しています。
    発達障害がある子どもに教えること、
    それは、意外と普通の生活の中にヒントが隠されていると思います。
  • 名前:eguchi   投稿日時 : 2006.10.23 【URL】
  • KYOママさん

    こんにちは。心の叫びをありがとうございます。

    『以前障害児の介助者が言った言葉、「この行動をとめたらこの子は手がつけられなくなる。だからとめられない」。これは子どものせいにしているずるい大人だと思います。本当は「かわりの行動を教えられない、教えるスキルを大人がもってない」ということでしょう。』

    この部分、本当にそうだと思います。
    が、今の時代、こう認めることは非常に難しいようですね。
    間違っていた、それはその人の全てが否定されるような感覚。
    ただ、その人の1つの部分を改善したらと言われているだけなのに、
    自分のアイデンティティ全てを覆されたように感じるのでしょうね・・・
    もしかしたら、学校の先生・施設の職員等々だけでなく、親御さんの多くもそう感じていらっしゃるのかもしれません。

    間違いがあっても、それは改善余地のある間違いで、
    人間は間違いをいっぱい持っているもんなんだと。
    でも、それはその人の全てを否定しているものではないと思えれば、
    いろんなことが良い方向に進むのかなと思います。


  • 名前:しろねこ   投稿日時 : 2006.10.24 【URL】
  • こんな所で吐露してよいものか迷いましたが。。。

    最近、普通のというか、特に療育されていない障害児のお母さんといると
    とてもしんどいことに、やっと?気付きました。

    「3年待って、やっと○○療育園に行けるの~!」

    「この子はこのメーカーじゃないとダメなの、パニックになるから。」

    「(子供がかんしゃくを起こすと寄っていって)どうしたの~?
      おいで、抱っこしてあげる。」

    そのお母さん達のせいではないと分かっていても、
    な~んかイライラしてしまう。私だけでしょうか?
    一度人に、療育の方法を伝えて断られてからは、
    しゃちょーの言うとおり
    「全否定されているように感じるんだな」と思って、

    「そうなの~、三年も待ったの!良かったね♪(ピクピク)」
    「あそこのマッシュルームおいしいもんね~♪(汗)」
    「・・・・・(疲)」

    そりゃしんどいか・・・。(..;)

  • 名前:eguchi   投稿日時 : 2006.10.28 【URL】
  • こんな所で吐露してもよいのですよ。

    私も、よくイライラします。
    が、しか~し、彼らには彼らの価値観があって動いているので、
    それを責めるわけにはいかないなとも思います。

    私は、このセラピーのあり方、Kid's Powerのあり方、
    全てにおいて自分の人生観をもとに決めています。
    なので、私と異なる考え方の方々もあるはずかな~と。
    それはそれでありかなと思うのですが、
    絶対にするなよと思うことは、
    自分で動いておきながら(動かないでいながら)、
    人のせい、世間のせい、子どものせいに文句ばっかり言うことです。
    納得してやっているなら、それはそれでありかなと。

    と言いつつも、腹立つこといっぱいですi-180



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