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2013-02-23

大学院まででて

私がこども達の療育をする時にいつも考えていることは、
この子達が大人になった時に生きていける力をどれだけつけてあげられるか、です。
その時間を逆算して、今、何をしておかなければならないのかなんですよね。
そんなこともあり、このところ興味があるのは発達障害がある成人の方々の生活や仕事について、
成人の生活や就労支援をしている方々、大学や高等学校で学生支援をしている方々、
こういった人たちとご一緒させていただくことが多くなりました。

先日、大学や大学院に在学している軽度発達障害がある学生さんを取材した番組がありました。
その年齢になってはじめて自分に発達障害という特性があることを知り、
十数年思っていた自分自身を捉えなおさなければならない大変さ、
学生という社会に出るまでの猶予期間がもう終わろうとしている時期になって、
やっと社会で生きていくために必要なスキルを学び始める大変さ、
私が一緒に活動させていただいている成人期支援をされている方々から聴く話と同じです。
たら・ねばは禁句だと思いますが、もっと早い時期にと思う事は少なくありません。

さて、その番組で取材を受けていた学生さんのコメントで1つ気になるものがありました。

「大学院まででて作業の仕事なんて…」

発達障害がある学生さんだけでなく、全ての学生さんとその保護者の方に知っておいてほしい言葉です。
私は、大学や大学院は就職するために行く場所ではないと思いますし、
(一部の職種では、その職種に就くために必要な過程ではありますが)。
大学院を卒業したこととどんな仕事に就けるかの因果関係は、そう高くないと思っています。
だから、上記の言葉にある出来事は、充分に起こりえることだと思います。
大学や大学院で学ぶことは本来、働くことを目的とした知識やスキルなのではなく、学問そのものです。
大学や大学院は社会の中で、特定の学問を探求する(それが直接的に何かに役立つか否かは別として)役割を果たす場所です。
それらを念頭において、自分にとって大学や大学院というところは、本当に行きたい、行くべき場所なのか、よく考えていただけたらと思います。
そして、それを考える上で必要なことは自分をよく知るということが必要ですよね。
そういった考える時間をとっていれば、もしかしたら、発達障害という特性ももっと早い段階で知ることになり、
社会に出るタイムリミットが近づいてから慌てて整理しなおさなければならない大変さも減るでしょうし、
上記のような言葉がでる事も少なくなるでしょう。
大学や大学院にいくことがダメだということではなく、それが求めていたことなのかどうか、
世間で言われるいい大学や大学院に入れば何とかなることはなく、
自分が求めていることに合った選択で大学や大学院に入った場合に限って有効になります。
ましてや大学が高等学校化し(ということは、大学院は大学化)全入時代と言われている現代においては、
大学や大学院に入ることそのものは将来を確約するものではなく、
もう1つつけ加えるならば、有名企業に就職することも将来を確約するものではありません。
入学・就職してもドロップアウトする人が年々増えていることは周知の事実ですね(発達障害の有無に関わらず)。

じゃあ、どうすればいいのよって言われそうですが(笑)、私にもパーフェクトな答えはありません。
ただ1つ言えることは、こども達が、自分で生きていくために自分を知っておくことは必須だと思います。

コメント ( 2 )件 | この記事のリンク

  • 名前:みちゃ   投稿日時 : 2013.02.24 【URL】
  • 若者の就労支援をしており、自身も子育て中の者です。

    「自分を知る」ことに加えて、親も「子どもを知る」ことを自分も含めて
    考えていきたいと思っています。

    私が支援している方たちは、全員思春期に登校拒否を経験しています。
    それでもなんとか専門学校、大学、大学院を卒業して今に至っているのですが、本人が自信を取り戻してやっと一歩を踏み出そうとしているのに
    そこでネックになるのが、親御さんの一言です。
    「大学・大学院まででて」…。

    その年齢になっても尚且つ親の影響力が大きいのもいかがなものかと思いますが、彼らは家族以外とつながりがないので無理もないのです。

    その親にその一言を言われると、せっかくここまで私たちと築き上げてきたものが一瞬で崩れてしまいます。

    その時に思うことは、そもそも登校拒否を起こしていた段階で何か手立ては
    なかったのか、その子がその子でいていい場所が家庭にあったのか、なのですが、それも「たら、れば」ですよね…。

    それと支援をしていて厄介に思うことですが、学歴が高ければ高いほど本来の足らない部分(だいたいがソーシャルスキル)を、学歴や知識でカバー
    してしまうことです。
    そちらに「逃げる」と言ったほうがいいくらいです。
    そうすると、職場での人間関係が築けていないのに仕事内容にケチをつける、持続性のある作業ができない、誰も求めていないのに知識をひけらかす…などなど雇用側からすると、やりにくい人となってしまいます。

    だから、私はチームワークの仕事の中で誰かが偉そうな物言いを始めると
    すかさずジョークでやっつけにはいります。
    そうすると、言われた本人はそんな私に腹が立つわけですが、そこで言い返すなんて社会的ではないので、ジョークで言われた嫌味はジョークで返せ!
    と教えています。

    知識はある、学歴もある、ただコミュニケーション能力が低い彼らが社会でうまくやっていくには、もしかしたら他愛もないそんなやり取りができるかどうかにかかっているのかな…。なんて最近思っています。
    (本来はそのようなやり取りは幼少期の友人関係で養われていくものだと
    思いますが…。)

  • 名前:eguchi   投稿日時 : 2013.02.25 【URL】
  • みちゃさん、コメント有難うございます。
    成人期の就労支援をされている立場、子育て中の親という立場、
    そんないろいろな角度から物事を考えておられるみちゃさんからのコメントは、
    多くの人へのメッセージになることと思います。

    日常の他愛もないやり取り、関西人にとっては挨拶代わりのジョーク、
    そもそも社会性とは、その人が生活している場に根差し、そこにある文化そのものですから、
    みちゃさんがおっしゃるとおり、そんな日常の再現こそ、人と人が関わる術を学ぶ唯一の場だと思います。
    特別な環境で、特別な教科書で、特別な教材で学んだソーシャルスキルは、
    特別な時にしか使えない婚礼衣装のようなものです。
    何となくスゴイんだけど、1人で着れないし、暑さにも寒さにも応じないし、
    それに合わせて化粧も髪型もかえなきゃいけないし、そもそも毎日行く学校とか職場に着ていけないやん…
    何だかとっても使い勝手が悪い。
    私が今ほしいのは、そんな仰々しいものではなく、1人で使えて、周りの変化を和らげて、
    そのために更なる準備がいらなくて、学校とか職場のみんなとフイットする、そんな服なんです。

    日常のスキルを日常場面で再現されいてるみちゃさんの支援は、発達障害の有無に関わらず、
    そんな学びの経験が少なかった人達への素晴らしい学び場となっていることと思います。
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