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2011-03-02

正義感

このところ報道されている大学入試問題がネットに投稿された事件など、様々な社会の問題について思うのですが、
人は、いろいろな能力をもつと同時に同じ大きさの正義感をもつことが、大事です。
入試問題を投稿した人は、おそらく、それなりに頭の回転がいい人ですよね。
少なくとも私なんかは、どうやってそんなことができるのが全く考えつかないです。
でも、その能力を発揮する場面を間違えました。

能力は、それを備える人によって、いい方向にも悪い方向にも力が向きます。
だから、単に勉強やスポーツや趣味の力を育てるだけでなく、
それをうまく使うように相当の正義感を育てなければならないのです。
ところが難しいのは、その正義感を育てるってどうすればいいのかです。
家庭でも、学校でも、大人は何度も、こども達に道徳的な話をします。
でも、なかなか上手くいかない。だから、今回のような事件に至るんですよね。
といことは、多くの場合、この学び方では上手くいかないということなのです。

正義感ということを諭されて、その気持ちだけで自分の行動をコントロールできる人もいるとは思います。
世間一般でいう人間性が高く、善悪を判断し、かつ、自分をコントロールできる人もいるとは思いますが、
そういう人は稀で、そういう稀な人の学び方を、私を含む多くの凡人に使っても上手くいきません。
では、私たちのような凡人がどうすればいいのか。
ちょっと学ぶ視点を変えるのですが、やってはいけないことを教えて自分でコントロールをすることを教えるのではなく、
悪にならない、やったほうがいい動き方を教えていくことだと思います。
つまり、多くの人がやらないこと(悪いこと)をさせないために、
多くの人がすること(いいこと)をするように、教えるということです。
こういうふうに言うと、何だかみんなが同じであることを強要するように感じられたり、
また、何か1つの思想に統一されるように思われるかもしれませんが、
私は、これが社会性だと思います。

多くの価値観をもつ人が集まって生活するためには、それぞれが最低限の社会性をもつことが必要です。
この社会性があることで、互いに不愉快にさせない基盤をつくってから、それから個性です。
こども達の発達にあわせて考えると、幼児期から学童期のこども達にとって大事なのは、
この社会性を伴った生活基盤をつくることで、ここが育っているからこそ(安定した基盤があるからこそ)、
中学生ぐらいで訪れる思春期で、これまで信じてきた善悪などの純粋な判断基準とは時々ずれる、
普通(そうは言っても善ばかりで動ききれないので、小さな悪が起こる)の社会や自分自身と向き合い、
そういう社会を知りながらも、これまで培ったきた自分自身の社会性を崩してしまわずに、
社会と自分の折り合いをつけるという難しい課題を超えることができます。
その後やっと、最低限の社会性をもったうえで、残りの部分で個性を創っていくのだと思うのです。

私たちが療育をする時は、人と合わせるということを、個別の遊びでも、小集団の学習でも、
あらゆる活動の中にメインの課題として入れていきます。
もちろん、その行動を増やすためには、そのこどもにとって楽しい結果になることがポイントです。
そして、教えるというのは、言葉で説明するのではなく、実際に行動させることだと思います。
人は、多くのことを体という感覚器の集合体を使って体感することで学んでいくからです。
心と言われるような、一般的には目に見えないようなことも含めてです。
また、善悪のような、人が社会的に生きる動物であるための生命線のようなことは、
体に染みついて考えなくても動けるぐらいにしたいことなのです。

話しは長くなりましたが、まとめるとですね…
幼いこども達に、個性重視で見新しいことばかりさせたり、いろいろなことを判断させたりするのではなく
ご家族や同級生に合わせて動かなければならない環境をつくり生活の基盤をつくり、
日常の小さな選択で判断の練習をさせて(おやつの量ではなく種類をどれにするとか、寒暖の区別ではなくどの柄の服を着るとか)、
本当に個性を磨く時期に来た時に、自分勝手な個性にならずに、社会性を伴った個性になるよう、
長い年月をかけて育てていければと思います。

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