2013-03-23

卒業おめでとう

今日は、スクールトライアルとこども塾1組・3組の合計3クラスの卒業式、修了式でした。
卒業証書を渡して、校長先生(私)のお話、ご両親からのメッセージ、歌って終わりです。
(校長先生として名乗るのはこの時ぐらいですが、大抵のこども達は、私が校長先生と漠然と認識しているようです。これって、なかなかソーシャルです)

こういう式典の意味って何でしょうね。
私は、ちょっと立ち止まって振り返ったり、リセットしたり、確認したり、そんな機会かなと思います。
お父さんとお母さんは、毎日の忙しい生活の中、こども達を三ノ宮まで送迎するだけでも大変で、
こんなに頑張っているのにモグラたたきのように課題がでてきて(成長しているからこそ新たな課題がでてくるんですけどね!)、
なかなか成長したよね~って感じる暇もないと思いますが、この式典こそ、そのタイミングです。
そして、それを感じるのは式典自体のこどもの様子だけでなく、この1年間を思い起こして、
去年の春はあんなことしていたのに、今は、こんなことができるよね~って思っていただきたいのです。
そんな想いから、私たちが手渡す卒業証書は1人ずつ違っていて、それぞれのこども達のできるようになったこと、
得意なこと、頑張ったことが書かれていて、卒業アルバムの写真は、それぞれのこどもらしい写真が載っています。
担任寺口が夜なべして(笑)写真を編集・印刷し、アシスタントのみんながコメントを入れてくれ、
1人1人のこども達用の卒業証書とアルバムが出来上がります。
どうぞ、こども達と一緒に卒業証書やアルバムを見ながら、こども達の成長を確認してあげて下さい。

心で想うだけよりも、声に出して言葉にするほうが嬉しさは実感できます。
こども達自身もうまくできたと思える体験と、こどもがわかる表現でそれをフィ-ドバックされることの蓄積が、
肯定的な自己理解につながり、自分を肯定的に捉えられてはじめて、他者や社会を想う余裕ができてきます。
そんな経験をできる社会的な器が、私たちのスクールトライアルやこども塾だと思っています。
こどもの時に一度でも、自分も周りも一緒に心地よく過ごせる器が世の中にあることを経験したことがあれば、
これから思春期や大人になって時に辛い時期があっても(一度ぐらいあるのが普通です)、
器があるはずと希望をもって、また頑張れるタフな人への成長していけるはずです。
一度も経験したことがないものを追えと言われても、なかなか難しいですからね。

私は、うちのこども達が社会の中で、働き、遊び、泣いたり笑ったりしている姿を楽しみにしています。

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2012-10-04

運動会☆2012

運動会☆2012

運動会シーズンですね。
いろいろなご家庭での運動会の様子を聞いています。

「みんなに紛れていて、どこにいるかわからなかったんです!」
お母様の笑顔とともに聞く言葉です。

このブログを読んでいただいている多くの方に、
「そうそう、わかる!わかる!」と、頷いていただいているのではないかと思いますが、
周りに溶け込むように参加できたことの喜びの言葉ですよね。

幼稚園・保育園や小学校、新しい集団に属した1年目、
1日、1週間、1年の流れ、その集団のサイクルに慣れることにこども達はいっぱいになりますが、
次の年は少し見通しがきくようになっていますし、もちろん成長もしていますので、
うまく活動に参加できるようになっていることが多いです。
今年、大変な思いをされたお母さん・お父さん、大丈夫です、来年がありますから。
来年も大変だったら、運動会は再来年もありますし、
どうしても難しかったら、1年に1度の運動会ぐらい休んだって、人生の幸せ度は大して変わらないです。
私は、12年間の学校生活の運動会ほとんど覚えていませんけど、楽しく生活していますから!

とはいえ、シーズンですから、嬉しい運動会の報告ありましたら、ぜひコメントして下さい。
お待ちしてま~す!


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2012-06-26

冠婚葬祭

私たちがお付き合いしているご家族は、数年以上お付き合いが続く場合が殆どです。
長くお付き合いしていると、いろいろな人生の出来事があり、笑いあり涙ありの時間が少なくありません。
先日、クリニックの外来相談でお話ししていたお母さん、つい最近、叔母さんを亡くされたそうです。
叔母さんは、こどもの発達やお母さん自身の母親としての心の支えでもあったそうです。
そんな大切な叔母さんのご葬儀ではありますが、発達障害があるこども達にとっては難しい場面の1つです。
もちろん、こどもの記憶がある限りでは初めての経験。
それでもお母さんは、母子共に最もお世話になったかもしれない叔母さんの葬儀に、
こどもを連れて行かないと一生後悔するかもしれないと思い、こどもと一緒に葬儀の一部始終に参加されたそうです。
こどもに状況を説明したとしても殆ど理解できないだろうし、1時間近くもジッとしておくことは、
日常では皆無だと思いますが、何とかその場で過ごしてきたそうです。
お母さんがお話しされるには、毎日数年間、家庭でのセラピーを続けて来て、
新しい課題や難しい課題を乗り越えてきた経験があったので、私なら何とかできると思えたそうです
(私の外来では月に一度、課題の更新とやり方のチェックをしているだけで、
全ての課題を実際に教えているのはお母さんです)。
それから、亡くなられた叔母さんが、ご近所の方々に子どものことを紹介していたそうなので、
葬儀に参加した時も、周りの大人が「○○ちゃん」と、声をかけてくれ安心したそうです。

私は常々、子どもたちへの日々のセラピーで何を大事にするかについて、たまにある行事で上手く振る舞うためではなく
(そこに多くの時間を割くぐらいなら休んでもいいと思っています)、
1年の殆どである日常の生活を快適に過ごすためだと言っています。
でも実は、その積み重ねが、たまにしかないイレギュラーな出来事もこなせる力でもあって、
その力とは、こどものスキルだけなく、ご両親の自信でもあるんだなと思いました。

お母さんは、こどもと自分の事を気遣い可愛がってくれていた叔母さんが、
こういったチャレンジの機会を作ってくれたんだと思い、
また、遠い日に必ず訪れるであろう自分自身の葬儀をも想ったそうです。

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2012-06-15

深夜の長電話

高校の同級生と久しぶりに深夜の長電話(2時間は超えていたと思う…)。
話題はいろいろですが、やっぱりこどものことが多いですよね。
ちなみに、彼女の息子は現在中学1年生になりますが、アスペルガーと診断されています。
彼女の夫は転勤族で、年数的には転勤の辞令がいつ出てもおかしくないこともあり、
中学に入って間もないこの時期に、高校進学の話になりました。
彼女の息子の特性から、高校選びのポイントをいくつか話したところ、彼女がこんな話をし始めました。

「親としては、こうした方がとか、あっちの学校の方がとか思うんだけど、
それで決めた学校がいまいちだったり、そこが合わなかったりしたら(こどもに)悪いから、
そう思うと、なかなか難しいんよね…
だから、できるだけこども自身が納得できるように選べたらと思うんだけど…」
子を思う親でしたら、誰もが心配される点だと思います。

これに対して、私が返した言葉です。
「こどもの発達によって、こども自身に選択させるべきことと、親が選択(あるいは導き)するべきものが,
あると思う。
彼にとって、自分の将来を見据えた、あるいは、まだ経験のない高校生活(学習、部活、通学等)をイメージして
高校選択することはとても難しいと思う。ましてや、将来、何をしたいのか考えて選択することなんて、
定型発達のこども達にとっても、まだまだ難しい(この年齢でも将来の夢をもって進んでいる子もいますが、
それは全てではない)。だから、保護者が大部分の絞りをしてあげるべきだと思うし、
その結果、仮に選んだ学校がいまいちだったとしても、こどもはやりくりしながら学校生活をすることを,
学ぶべきだと思う。
親に養ってもらっているうちは、何でもかんでも自分の思い通りにさせるのではなく、その分、こどもも家族に
協力することを学ぶべきで(その1つが親の言うことをきく)、自分で自分のすることに責任をもてるようになった範囲分だけ、
自分で思うようにさせてあげればいいと思う。何よりも、親がこどものために一生懸命考えた結果、
たまたまはずれることがあったからって(人間はパーフェクトではないのだ!)、
それに文句を言うことは人としてどうかと。」

私は、こどもを王子様・お姫様にすることは、小善は大悪に似たりと思っています。
こどもの望むままにしてあげれば、その時々は、こども達は喜ぶと思いますが、
親が最も考えるべきことは、こどもが大人になった時(今この瞬間だけでなく)、こども達にとって大事なことが何かであり、
場合によっては、今はこども達にとって不満に思うことかもしれない、それでも、それをできるのは、
他ならぬ親以外にいないと思うのです。
彼らは人として尊重すべき存在だとは思いますが、それは、何でもかんでも彼らの意見に応じることではない。
今の発達でメリットとデメリットを理解し、結果に責任がとれるものに関しては、こども達に選択する力があるわけですから、
失敗するかもしれないけれど、こどもの意見を尊重して挑戦させるといいと思うのですが、
(そして失敗した時には、それを事実として真っすぐにみることを一緒にする)
そうでないことに関しては、親が親の責任のもと選択して、こどもがそれに従うことを教えていくことと思います
(責任を負うことは辛いかもしれませんが、これこそ親の役割だと思いますので)。

ほとんどの人が、いつかは学校生活を終えて働き始め、大人の社会に参加するのですが、全てにおいて不備なしの社会や
職場なんてそうなくて、その人の望み通りお膳立てしであげないと働けないなんて、それは仕事じゃない。
様々な制約の中で工夫して、お客様に満足してもらえるものを生産して、はじめて仕事です。
そういう練習のためにも、自分で選択すること、親の選択の中で生活していくこと、どちらも大事なスキルだと思います。

お互いが高校生だった頃には、こんな話をするなんて夢にも思わなかったのですが、
その息子が、もうすぐ私たちが出会った年になるかと思うと、
う~ん、私たちも年とってるんよねと自覚させられる深夜の静けさに沈むアラフォー達でした。

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2012-05-08

ステキなおばあちゃん

こどもの日の電車の中。
私の向かいの長椅子に、おばあちゃんとその孫たち3人が座っていました。
孫たちは、小学校2年生、5歳、3歳ぐらいだと思います。
3人のこども達は、足を揃えて行儀よく座っています。
電車が駅に到着し人が増えてくると、おばあちゃんが3歳の子の足を自分に寄せながら言います。
「もっと、こっちに寄りなさい。もう1人座れるでしょう。」
すると、2年生と5歳の子も、3歳の子と同じように詰めていきます。

3歳の子は、窓の外が見たくなったようで、長椅子の後ろにある窓に向かいますが、
きちんと靴を脱いで、揃えて置きます。いつも教えられているのでしょうね。
以前、電車に乗っていた時に見た別のこどものお母さんは、
靴を脱いで椅子に後ろ向きに座り窓を見ようとしたこどもに、
「靴を脱いだら降りる時に大変でしょ!」と、靴を履いたまま、こどもを後ろ向きに座らせていました。
大変なのは、お母さん。自分が大変だからって、周りの人を不快にさせていいのか。えらい違いです。

しばらくすると、3歳の子がポケットからキャンディを出して食べ始めました。
兄弟達にも配り終えると、余ったキャンディを、
「持って。」と、おばあちゃんに差し出しました。
「さっきまで、どこにあったの?」と、おばあちゃんが尋ねると、
3歳の子は、うなずくようにして、自分のポケットに入れました。
日々の生活で、こういう積み重ねをしてきた子が小学生ぐらいなると、
自分の物の管理ができる子に育つのでしょう。

大人に説明されて、頭で理解して意識的してできていることと違って、
こういう日々の生活の中で積み重ねてきた故に、無意識のうちにできてしまう所作は、
小学生ぐらいになると、とても力になります
なんてったって無意識のうちのできてしまうわけですから、ここに頭を使わなくていい分、
学校での勉強をはじめ、人のことや自分のこと、いろいろ考える余裕があります。
昨今は、早期からの幼児教育がとても流行っていますが、文字や数字を教えるよりも、
こういうことを保護者の方に伝えて、家庭生活の中でこども達が学べる環境を作る教室があれば、
素敵だなと思います。

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